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悪ふざけ 満月と闇

last update Last Updated: 2025-05-19 16:31:02

 第5話 悪ふざけ

  杉田に言われるがまま、流されるように辿り着いたのは美容院だ。杉田は下積みを経て、独立をしていたようで、小さいながらも自分の店を持つまでになっていた。

 学生だったあの時の僕達は夢を語りながら、希望に満ちていた。大きい事も沢山言ったっけ、と思い出に酔いしれながら、別空間に飛ばされている感覚を楽しんでいる。

「——おい。聞いてる?」

 我に返ったのは杉田の声と言うより吐息に呼び覚まされた。話を聞いていなかった僕を不思議に思ったのか、眉をピクリとさせ、こちらの反応を伺っている。

「あ。悪い」

 内心ドギマギしている事を悟られなうように素っ気なく、シンプルに躱わすが、長い付き合いの僕達は、すぐに空気感が変化している事に、体を通して感じてしまう。

「緊張しなくていいよ。さ、座って」

「……ありがとう」

 僕にはタミキがいるはずなのに、杉田の事を意識している自分に驚きを隠せなかった。強気な口調の時は、そんなふうに感じないが、接客モードになると、全く知らない人のように感じてしまう。金髪が靡くと、ゆらりとメッシュが顔を出した。

 調子狂う——

「お前さ、何でタミキと同じ色にしたんだ?」

「何でって……タミキを感じたかったって言うか、何と言うか」

 自分でも何を言っているのか説明出来ない。ただ感情を口にした結果が今になる。どんな反応をされるのかなんて考える事もなく、ただ純粋に。

「エロい」

「は?」

「なんかエロい」

 真剣に髪質を確認している杉田の口から想像もしない言葉が出てきた。まぁ、そういう事言うタイプではあるが、それ今じゃないだろ。

 何だか悔しくなった僕は悪ふざけも相まって、茶化す事にする。

「お客さんにもそんな事言ってるんじゃないか?」

「は?」

 そこは笑って流すところだろうと言いたくなるが、どうも機嫌を害したらしく、戸惑ってしまう。逆に自分が掌で転がされている。

 流石に仕事のことになると、ムッとしたらと言って、そんな事言われたら、機嫌も悪くなる。自分がされる側だと、すぐに分かるのに、そうじゃないと気づけない。

「外見も大事だが、お前の場合性格もよくした方がいいな」

 一番言われたくない事を突かれる。図星だ。なんか言いたいのに、言葉が出てこない。急に無言になった僕を見つめながら、大きなため息を吐いた。

「言い過ぎだな、お互い。悪い」

「……僕もごめん」

 赤い髪にしたのか指摘された時、何故だか否定されたような気がしたのはあったが、ここまで言うつもりなんてなくて、つい対抗したくなったのかもしれない。

 第6話 満月と闇

 後ろの癖毛を隠す為にウルフにした。杉田は客観的にどんな髪型が似合うのかを教えてくれる。色々なお客さんを見てきた観察眼の持ち主かもしれない。

 髪色を変えることはしなかった。頑固と言われても仕方がない。自分が気に入っている髪色を杉田の言葉を聞いても、心は決まっていたんだ。

 窓を打ちつける雨音がシンとした空間を彩っていく。何者でもない僕はゆっくり目を閉じ、ベッドに横になった。

 昔は雨が嫌いだった。根暗な僕からしたら、追いかけられているような圧迫感を感じていたから、トラウマから逃げるように、両耳を塞いで孤独を受け入れていた、はずだった——

 午後十時

 この時間にタミキの放送が始まる。前まで不定期だったけれど、最近になって固定しているみたいだ。それだけタミキが有名になっている証拠かもしれない。

 ——————

 店の後片付けを終えると、スマホを取り出し時間を確認した。人の魅力を引き出す今の仕事に生きがいを感じている杉田は、僕との会話を思い出しながら、クッと笑う。仕事からプライベートに移すために、リセットをすると、髪を掻き上げ、どこかへ電話をかけ始めた。

「面白い奴を見つけたよ。そう、あいつにも伝えてくれ。ああ……時間のある時でいい。急ぎじゃないからな」

 簡潔に伝えると、挑発とも取れる独り言を呟いた。

「俺かお前か、どちらが勝者かな」

 流れ始めたタミキの配信を冷たい瞳で凝視する。彼は口角をあげ笑っているように見えたが、瞳の奥底には新しい闇が生まれ始めていく。

 一人一人が複雑な感情を抱きながら、月が天井を突き破ろうとしている。今までの当たり前が歪な形で崩れていく事を象徴するように。

 僕と杉田とタミキは違う世界線で、同じ月を見ているんだ。

「今日は満月だね。狼男になっちゃうかも」

 そうやって本当の自分を隠しながら、リスナーが求める配信者タミキを演じているアツシは心の中で自分を軽蔑していた。最初は楽しみを共有したい、皆で笑い合いたいと思っていたのに、今では理想には程遠い状況になっている。

 事務所は昔よりもファンがついた事やお金が絡む事でしか物事を見ていない。自分の気持ちなんて、そこにはない。

「満月は人を狂わす効果があるんだって、綺麗なのにエグいよな」

 皆は気づかない。いつもと雰囲気の違う、影のあるタミキの素顔に、そうやって今日も彼は配信を続けていく——

 全ては満月のせいだ。

 <タミくん、かっこいい

 <満月綺麗だけど、その話聞くと怖いよ〜

 <今日呑み配信だよね、楽しみ

「グラスの準備はいい?未成年の子はジュースね」

 乾杯——

 グラスの氷がカランと響いた。

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  • 僕の推し様   悪ふざけ 満月と闇

     第5話 悪ふざけ    杉田に言われるがまま、流されるように辿り着いたのは美容院だ。杉田は下積みを経て、独立をしていたようで、小さいながらも自分の店を持つまでになっていた。 学生だったあの時の僕達は夢を語りながら、希望に満ちていた。大きい事も沢山言ったっけ、と思い出に酔いしれながら、別空間に飛ばされている感覚を楽しんでいる。「——おい。聞いてる?」 我に返ったのは杉田の声と言うより吐息に呼び覚まされた。話を聞いていなかった僕を不思議に思ったのか、眉をピクリとさせ、こちらの反応を伺っている。「あ。悪い」 内心ドギマギしている事を悟られなうように素っ気なく、シンプルに躱わすが、長い付き合いの僕達は、すぐに空気感が変化している事に、体を通して感じてしまう。「緊張しなくていいよ。さ、座って」「……ありがとう」 僕にはタミキがいるはずなのに、杉田の事を意識している自分に驚きを隠せなかった。強気な口調の時は、そんなふうに感じないが、接客モードになると、全く知らない人のように感じてしまう。金髪が靡くと、ゆらりとメッシュが顔を出した。 調子狂う—— 「お前さ、何でタミキと同じ色にしたんだ?」「何でって……タミキを感じたかったって言うか、何と言うか」 自分でも何を言っているのか説明出来ない。ただ感情を口にした結果が今になる。どんな反応をされるのかなんて考える事もなく、ただ純粋に。「エロい」「は?」「なんかエロい」 真剣に髪質を確認している杉田の口から想像もしない言葉が出てきた。まぁ、そういう事言うタイプではあるが、それ今じゃないだろ。 何だか悔しくなった僕は悪ふざけも相まって、茶化す事にする。「お客さんにもそんな事言ってるんじゃないか?」「は?」 そこは笑って流すところだろうと言いたくなるが、どうも機嫌を害したらしく、戸惑ってしまう。逆に自分が掌で転がされている。 流石に仕事のことになると、ムッとしたらと言って、そんな事言われたら、機嫌も悪くなる。自分がされる側だと、すぐに分かるのに、そうじゃないと気づけない。「外見も大事だが、お前の場合性格もよくした方がいいな」 一番言われたくない事を突かれる。図星だ。なんか言いたいのに、言葉が出てこない。急に無言になった僕を見つめながら、大きなため息を吐いた。「言い過ぎだな、お互い。

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     嫌な事があると癒しを求めるように配信を見るのが日課になっていた。僕とタミキが唯一、繋がって入れるのがこの世界だけだった。スマホだけが繋ぐ、運命の出会いなんじゃないかと錯覚してしまうほど。 自分の中で都合のいいように解釈し、関連付けると、孤独に苛まれた日常から脱出出来るんじゃないかと希望を抱いていたのだと思う。 黒髪だったのを赤く染める、服装もなるべくモノトーンで揃えて、メガネもコンタクトに変えると、いつもの自分とは少し違った印象になるが、タミキのようにはならなかった。一瞬でもいい、傍にいることが出来ないのなら、自分が彼になってしまえばいい。そんな歪んだ思考へと変化していく。「服と髪はこんな感じだけど、顔が違いすぎる」 セクシーな流れ目をしているタミキとは対照的で僕はどちらかと言えば幼なさが出てしまっている。だからこそ、今まで見下されたり、舐められたりしたんだろう。「僕も彼のようになりたい。でも……」 財布の中は勿論、銀行にも金はない。二千円くらいは残っているが、それで何かが変わるとは、到底思なかった。 雰囲気だけでも近づけたかった自分を見て、恥ずかしい気持ちが顔を出す。結局、見た目を幾ら買えたところで、中身はそのままの僕。何も変わっちゃいない。 ピロンピロン—— 邪魔するように、これ以上考え込まないようにと警鐘を鳴らしながら、スマホがチカチカしている。生まれて初めてコンタクトに挑戦した僕は、目の痛みに耐えながら手を伸ばす。  んーと目を瞑ったり、上方向を見たりしていると、次第に慣れてきたのか、少し馴染んできた。メガネがなくても、コンタクトをするだけで視界が広くなった気がする。今まで見てきた景色も、空気も、鏡に映る自分自身も、知らない人、知らない世界、それとプラスされて微かな新鮮さが合わさっていく。 まだ画面を見ると、見えすぎて目がチカチカするけれど、それも慣れてしまえば、今感じている感覚と同じになる。そうやって非日常が形をかえ、新しい日常へと上書きされていくのだろう。 スマホをスクロールしていくと、メッセージボックスに「杉田」と書かれている。ああ、もうそんな時間かと呼吸を整えると、返信した。 杉田は数少ない友人の一人でもあり、タミキのファンだ。タミキの配信を見るようになってから、僕のミキシングにコメントを残していた。配信アプリミラクル

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